私は10年前からバイクに乗り始めた。普通二輪免許を取ったのは2014年6月。写真のオドメーター(積算走行距離計。その車両の総走行距離を示すメーターのこと)は今日、2024年5月18日のものである。
10年間で1,500km、これはたぶんとても少ない。単純に1年あたりの距離ににならすと150km。バイクに慣れている人の場合なら、1日の走行距離の半分くらいなのではなかろうか。
実際に私がバイクに乗るペースは1年に1~2回、多くても5回以内だった。回数が極端に少ないのは他でもない、「公道がとにかく怖い」に尽きる。
私が免許を取ろうと思った理由にはいろいろあるが、「遠くまで自分の運転で出かけてみたい」というのがひとつあった。その免許が手に入ったというのに、この10年の間、一向に出かける回数が増えることはなかった。
免許を取る前から自宅と自宅周辺でバイクを停めておける場所探しをしていたのだけど、最終的に確保できた駐車場は、自宅から10分ちょっと歩くところになってしまった。これで「10分歩くのがいやだ」で済むなら話は早いし、実際ニーパッドをつけてバイク用の靴を履いてジャケットとヘルメットを持って歩くには結構おっくうだったことは否めない。しかしそれは決定的な要因にはなっていなかった。バイクで走るならそれくらいの装備が必要なことは、教習所できっちり習っていたからだ。
問題は、「駐車場周辺の交通量が思ったよりも多くて複雑、かつ一番近い幹線道路の流れがめちゃくちゃ速い」ことだ。
まず駐車場近くには大きめの公園があり、子供連れが多い。そして住宅地に囲まれているため、歩行者が多い。自転車も多い。最近ではLUUP的な乗り物も多い。道路のセンターラインはあってないようなもの。その合間を縫って普段からバイクを乗り回すのにはかなりの勇気を要した。そして住宅地の合間をバスが走り、幹線道路につながる道では自動車が結構多く行き交う。運転中は周囲への注意はもちろん必要ではあるが、予想以上の混合交通っぷりに怖じ気づいてしまい、「遠くへ行ってみたい」というささやかな意欲をくじくには十分であった。
5月ごろになると、気候が良くなるとともに、Facebookに投稿した自分の教習所通いの歴史が掘り返される。具体的には自分が受けた教習の教習原簿の写真が「歴史」として登場する。教習所通いは、痛いこともしんどいこともたくさんあったけど、とても楽しかった。「一本橋」と「スラローム」というバイク教習ではおなじみの科目で苦労したけど、終わってしまえば良い思い出になった。今でも教習所内を(無料で)走らせてもらえるなら走ってみたい。
そういう気持ちになって、5月のゴールデンウィーク前後はちょこちょこと走りに行った。問題の駐車場から出て事故なく帰ってこられそうな距離といえば横浜、三浦半島あたり。プチツーリングはそれはそれで楽しかったし、また行こうとも思う。しかし梅雨に突入して、バイクでちょいと出るには難しくなり、引きこもっているうちに世間は夏休みを迎え、交通量は増す。そんな調子でやる気は5月頃にいつもピークを迎え、一番走るのに気候が良いであろう秋までに、しんなりとして勢いを失ってしまうのであった。
走行回数や走行距離が増えないとライディングもうまくなりようがない。下手な技術では心のゆとりが生まれず、立ちゴケ(停止中にバイクを倒してしまうこと)も2回経験した。ウインカーが壊れて走行できなくなり、近所のバイク屋さんまで必死で押していったこともある。細々と「バイクに乗る気持ち」だけは持っていたものの、そんな些事によってますます回数は減る傾向にあった。
そんな私がなぜか免許を取って10年経つ今年、ふとやる気を出した。
やる気が出た理由はとっても単純で、「バイクを降りる(=完全に乗らなくなる)可能性が一瞬でもあった」ことだった。詳細は私以外のプライベートに関わることなので伏せる。
あんまり乗れていないとはいえ、吟味に吟味を重ね、見かけにもスペックにも満足して買ったバイクだ。だからこそ立ちゴケで少し壊してしまった時にはとても悲しかったし、直してもらった時はうれしかった。乗る回数が増えなかったことについては後悔はないが、手放す気持ちにはなれなかった。
結局その可能性は消えて、手元にはバイクが残った。
この先何回このバイクに乗れるだろう。そう思うと、遠くには行けなくてももう少し回数を重ねたいと考えた。整備・点検の予約を入れ、バッテリーが上がっていたバイクを回収してもらい、今日ぴんぴんした状態で戻ってきた。バイクに乗っての帰り道はいつもの通り怖かったけれど、10年の時を超えてやっとバイクが手元にやってきた気がした。